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日々の日記。ひっそりと静かに。

拝啓 木村拓哉さま

木村拓哉さんとさほど年齢は変わらない。
木村拓哉さんをキムタクと呼ぶ世代に育った。
木村拓哉さんは私たちの世代のあらゆる意味でのアイコンで、たぶんこれこらも死ぬまでそうなんだろう。
当時、「木村拓哉さんを『かっこいい』という女性とそうでない女性とはどう違うのか?」なんて論すら生まれたほどに、存在そのものが世代の象徴だ。

つい先日まで流れていたドラマ『グランメゾン東京』を欠かさず観てた。
連続ドラマをワンクール欠かさず観たのは『逃げるは恥だが役に立つ』以来。
 ガッキー、可愛かったな


大人のラブストーリーを目にした。
鈴木京香さんは好きな女優さんのひとりで、木村拓哉さんとの大人の恋がとても素敵だった。
大人の恋は清々しく潔く、ありふれたドラマみたいにしょうもなくすれ違ったりせずに、潔くきちんと届きあう。

グランメゾン東京を観ているときはたいていひとりだから、誰に遠慮もなく心おきなく泣いた。
清々しい大人同士のタフな恋に、静かな思いやりに、秘めた強さといくつもの愛の形に遠慮なく泣いた。
キムタク、いや木村拓哉さん、なんてかっこいいんだ
(私はあっさり「かっこいい♡」という派です)


長く月日を重ねても、重ねたからこそ、埋めきれないたくさんの隙間がうまれた。
未熟でコドモで弱く葉脆い自分がいた。
テレビドラマなどファンタジーだよとクールな誰かにささやかれても、ファンタジーのなかに真実があると知っている。

私はひとりの人と二十年以上恋を続け、そしてそれを閉じた。
未熟でコドモで弱く葉脆い自分がいたと同時に、自分でも呆れるほど
その人を愛しているというただそれだけの理由で何かに耐え、傷つき、見えないところでだけ涙し、全身の力を振り絞ってその人の前で笑った。
自分の笑顔が自分を削り取っていると気づきつつ、それでも。


恋人とはよく二つ星や三つ星のメゾンに通った。
私はワインも飲めなければ、リンダさん(冨永愛さん演じる美食家)のようにホンモノを見極める眼も舌もない。
だけど恋人とともに食べた二つ星や三つ星のお料理は文句なくおいしくて、それらの美しいお料理のまえでは傷も消えた。
ほんとうにおいしいお料理を食べたときの喉の奥がきゅうっとしまる感じ、次の瞬間にふうぅっとため息のでる感じ、鼻の奥がツーンとしてほっぺたがきゅっとしまる感じ。
どのメゾンのどのお料理ともいえないけど、ほんとうにおいしいお料理を食べたとき、あの空間のあのテーブルにいるあいだ、私は心から幸せだった。


村上春樹の短編集に収まっているひとつ、映画にもなった『ハナレイ・ベイ』(『東京奇譚集』)という作品がある。
サーファーである息子を若くして亡くした母親が息子の幻影を求めて、彼が命を落としたハナレイ・ベイを訪れる物語。

母親 サチ(たしか)はサーファーのメッカでもあるそのビーチで、息子と同世代の大学生たちと世間話をするようになる。
それぞれが東京に戻り、都会の雑踏のなかサチは偶然に大学生たちと再開する。
再開した大学生らは若者らしく女の子たちとグループデート(古っ)に夢中だった。
ふと大学生のひとりがサチにこぼす。
「おばさん、女の子ってどーやったら落とせるんすかね」
サチは答える。
「あのね、よく覚えておきなさい。女の子を口説きたいなら ① 服装を褒めること ② 話をよく聞くこと ③ おいしいものを食べさせること。いい?わかった?」

細かい部分はうろ覚えだけどだいたいこんなシーンだったと思う。


恋人はずいぶん年上だったけれど、村上春樹を初めて読んだのは私がプレゼントした『ノルウェイの森』だといっていた。
あっという間に私を凌駕するハルキストになった彼は、何か私が顔をしかめるたびにその場を茶化すように『ハナレイ・ベイ』の話をした。
「えっと、服を褒めること、話をよく聞くこと。そいで、おいしいものを食べようか」
と。

ひとまわり以上も年上の男性が子どものようにそのフレーズを繰り返すのを聞くだけで笑えた。自分の身がえぐられてもかまわないと思えるほど、微笑ましく笑ってしまった。
そしておいしいものを食べて、ふわっと温かい温度が戻ってきた。


グランメゾン東京。
柔らかくあたたかく洗練された冒険ドラマであると同時に、濃く深く、静かな大人の恋の物語だった。
あのとき、それぞれのとき、いくつものメゾンのテーブルにときに向き合って、ときにとなり同士に座って食べた something special  を思い出した。


拝啓、木村拓哉さま。
そんな時間をありがとうございます。
あなたはいつも私の世代のアイコンで、私の生きてきたどの時間にもその背景に、あなたの演じるヒーローとミスチルの曲が流れていました。


あえて一皿だけをあげるなら、
よくいったね
またいつか。またいつか。