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日々の日記。ひっそりと静かに。

スケッチ

昔、好きだった人はいつか自分の著作が本屋さんの棚に並ぶことを夢見ていた。

研究を仕事にしていたからアカデミックな内容になるのだろうけど、彼自身が多分にポエティックな人だったので生まれればきっといい作品になると思っていた。

一般にアカデミックライティングに文学的要素はいらないといわれているから、彼はポエティックだといわれることを好ましく思っていなかったのかもしれない。

 

でも、どうかな?

私もまがりなりにも何度か論文ちゅうものを書いたけど、あれは相当な文章力を要すると思うよ

たとえばよい文学に一度も触れたことがない人に、よい論文は、かけるかもしれないけど何かが欠けるんじゃないかな、独断だけど。

 

ずっと若い頃に私が渡した村上春樹が最初の村上春樹で、私は何を渡したか忘れてしまったけど、それを大事にとってくれているんだってね

 

その話を聞いて、彼を待っている時間に、下手なスケッチを描いた。

あなたの、村上春樹と連名での著作が本屋さんの棚に並んでいる風景。

絵が激下手なのにわりあいにうまく描けたのは直線だけで構成されたスケッチだったからだと思うよ

あなたはとてもよろこんで、私のノートから切り取ったそのページを大事そうに名刺入れのなかにしまっていたけど、あのスケッチはまだあるのかな

 

時代の名前が変わったはじめの、ながいながいおやすみの途中で、洗濯機を回しながらふとそのことを思い出したよ

 

文庫になったあなたの著作。共著だから、村上春樹の名前はあなたの名前の右側に記してある。私のイメージでは新潮だな。だから濃紺の背表紙。オレンジでもいいかも。

 

タイトルもちゃんと覚えてる。

まるでいまの私のようだから思い出したのかもしれない。

村上春樹もFMラジオとかいろんなことやってて忙しそうだから、オファーするならはやいほうがいいと思うよ

 

あと、タイトルつけたのは私だから、売れたら印税からすこしまわして。数パーセントでいいから。

 

『再生の物語』

 

 

※ この文章はすべてフィクションです